会報こぼれ話

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大阪府女子専門学校卒業論文

斐文会報376号表紙およびp.2・3関連

大阪府女子専門学校の卒業論文は、戦争の影響で廃止されていた昭和19~22年度を除き、ほぼすべてが保管されている。学校指定の用紙を用い、製本された論文集が並ぶ書架の中に、古びた和紙の包みが一つある。各人各様の粗末な用紙にびっしりと細かい字が綴られた、昭和21年度経済科卒業生22名の未製本論文である。(大阪公立大学 中百舌鳥図書館 所蔵)

大阪府女子専門学校卒業論文書架
大阪府女子専門学校卒業論文書架の写真  
 書架右端

和紙の包み

 

 
平成18年『大阪府女子専門学校卒業論文目録』より
大阪女子大学人文社会学部教授・近代日本教育史専攻 小股憲明先生

府女専全体としては卒論が廃止されていたにもかかわらず、自らの勉学の証を、論文という形で残そうとした生徒たちの熱意と当時の教員たちの指導に、感動を禁じ得ない。 
 
専20経済科卒業生22名の未製本論文(昭和21年度)

 
平成18年『大阪府女子専門学校卒業論文目録』より
専20経済科  月山 みね子さん
 
クラスメートはそれぞれの個性を豊かに伸ばし、しなやかにしたたかに、生きてこられた。「私の前には道がない。私の後に道がある。」という高村光太郎の詩のようである。修得した簿記の級をさらに伸ばし会社の経営者に、大学に編入学して国文学•体育•フランス文学•英語学•経済学などの教育者に、文筆家として文化勲章を授与されたクラスメートなど多々あるが、家庭婦人としても、筋金いりの芯のある友が多い。先生方に求められたからではなく、書き残したかったから書き上げたともいえる論文である。物資の欠乏していた戦後に不揃いのペーパーでもよい、自分の学んだ証しを残したいと思ったともいえる。
 
平成26年度文化勲章受章の芥川賞作家 専20経済科 河野多惠子さん(斐文会報354号p.2~3に関連記事)卒業論文

  
専20経済科 本庄迪子さん 卒業論文裏見返し

 

平成18年『大阪府女子専門学校卒業論文目録』より
小股憲明先生
 
国文国史学科の卒論には、昭和三年度分を例外として、昭和二年度当初から昭和十八年度に至るまで、各論文に審査教員の押印ないしは署名があるので、その論文の指導教員を知ることができる。英文学科の卒論は当初からすべて英文で書かれており、昭和五年度から審査教員が明記されるようになる。タイプ書きが最初に現れるのも昭和五年度からであるが、手書きの場合、どれも綺麗な書体であり、一語々々丁寧に気持ちを込めて書いた様子が伝わってくる。家政理学科の卒論も昭和五年度から審査教員が明記されている。

国文国史学科卒業論文集(昭和5年度)

 
専4国文国史学科 佐々木俊さん 卒業論文(昭和5年度)


平成18年『大阪府女子専門学校卒業論文目録』より
小股憲明先生
 
原則として大学の門戸が女性に閉ざされていた時代にあって、女子専門学校は女性にとっての最高学府であった。卒業論文は、そこにおける教育の内容と到達点をもっとも如実に示す第一級の女子高等教育史資料である。とりわけ、理科系の女子高等教育機関は極少であったから、家政理学科•保健科の卒業論文の史料的価値は、その希少性において極めて高いといえる。
 
家政理学科卒業論文集(昭和12年度)


気象庁初の女性課長 専11家政理学科 松尾喜代子さん 卒業論文(昭和12年度)― 斐文会報368号p.4に関連記事 ―






『大阪府女子専門学校卒業論文目録』
平成18年3月31日 大阪女子大学附属図書館発行